盲導犬アンソニーがゆく!

アンソニー(♂)  盲導犬アンソニーは、財団法人日本盲導犬協会より無償貸与されています。     

 

2008年04月28日

微笑みに続く桜みち〜桜と父の記憶〜

微笑みに続く桜みち 



 20080327微笑の桜道前.jpg
 

たぶんこのあたりかな〜

その場所を探す季節がやってきた。

今年も、また。 
   微笑みに続く桜みち  


たぶんこのあたりかな〜

その場所を探す季節がやってきた。

今年も、また。
 春〜

桜の季節になると父の自転車につかまって

花降る夕暮れや宵の路をよく歩いた。

桜を視覚で捉えることがむずかしい

私にとって、散り降る桜なら頬にかかる

花びらでそれを感じとることができるだろう

と、父は思ったのかもしれない。
 

そんな父の想いに気づいたのは、

もうずうっと後になってからのことだった

けれど。
 


桜は私の心の中でいつでも満開に満ち溢れ、

それは月日と共にどんどん広がって

心いっぱいに咲き誇る。
 

こんなにも広くてきれいな心にしてくれる桜

は、まるで万華鏡のように花開く。

 

そしてその身を奏でるように踊らせ

うつろってゆく。

 
こうして暖かな春の宵になると、

いつのまにかどこかで父が待ち伏せていて、

ふいに「よう!つかまれや」と
自転車を

おしてひょっこり現れるような

そんな気がして、

思わず鼻がツーンとしてくる。
 

そんな密やかな想い出があったかくて

つい微笑んでしまう。

そしてこんなにも懐かしく思いだせる

自分が嬉しい。
 


そういえば今になって思うと、

父は何かにつけてひょっこりと

私の前に現れた。

 
高校の卒業旅行、

友と初めて遠出の旅にでる朝。

始発電車に乗る私のために4キロの道のりを

父と一緒に歩いた。
18才の春休み〜。  

裏庭の木戸をそっと引くとそこに

父の姿があった。

「よう」

朝一番のバスが出るにはまだ2時間も先、

駅まで送るという。

春のゆったりとした暖かさが

あたり一面に漂う静かな夜明け前。

自転車の荷台に旅行かばんをくくりつけて

父と並ぶ。

坂道にさしかかると、

よいしょと後ろから押したりもした。

ちょうど半分くらい

歩いたあたりは昔牧場があった。

乳牛たちの散歩道だったあの丘を登りきったとき、

うっすらと白みかけた東の空に、

桜の花びらがひとひらスーと

目の前を流れてきた。

それはあとからあとから

幾筋もたなびいてきて

突然ザァーっと風が湧き上がった。

途端に目の前一面に繰り広げられる

花吹雪に思わず息をのんだ。

父はいい朝だなと言って自転車を停めた。

私は荷台に置く手に力が入るのを

感じながら、父の背中越しに

それを眺めた。
 
前髪が私の目を隠すように揺れ乱れて、

真新しいベージュのコートの裾が

音を立てた。
 

しばらくは身じろぎすらできなかった。

あまりにも見事であまりにも美しく…

あれには魅とれた。

いったいどれくらい

父とそこに佇んでいたのだろう。

桜の花びらは魚影の群のように

おびただしく流れ、

身体にまつわりつきながら

離れては散ってゆく。

あれは綺麗だった。
 

 

小学生のとき、

おばあちゃんと見た蛍の羽化。

あのときと同じだ、あれもすごかった。

夏の夕暮れ、西の空がほんの少し赤く

にじんだ帰り道。
田んぼ仕事を終えた

おばあちゃんを迎えに走ったあぜ道で。

いきなり目の高さから

下一面に、幾つもの光が

一斉に放たれた。

思わず目をうばわれ、

馴れ親しんだ道を何度も迷いあぐねた。

「こりゃあ狐のしわざだな」

とおばあちゃんは苦々しく笑い、

腰にかけたタオルで首の汗をぬぐい、

しきりに眼鏡をふいた。

田んぼの畦道はどこも同じようで、

どこまで歩いてもまた同じ場所に

戻ってしまう。

おばあちゃんはすごく悔しがった

けれど、私にはとっても不思議で神秘的な

美しい体験だった。
 



遙かな遠い夏‥

いっせいに光を放ちながら

舞い上がったあの蛍の小川は、

今ではアスファルトの地下で、

静かに眠るように流れ続けている。
 

あの幻想的な夏のシーンは

ずっとここの足元で、

そして私の心の底でうずもっている。


 
今になって

そのときの蛍と桜の光景が

吹雪となって、溶け合うように重なる。
 

 
 

こんなこともあった。
 

いよいよ更生訓練施設に通うことになり、

その入所式の朝は

あいにくの冷たい雨だった。

当時、利用する最寄り駅までの

路線バスはなく、

片道約40分の道のりを

3年間通うことになった。
 

傘をさしながら

やっと白杖歩行にも慣れてきた私に、

雨合羽姿の父がいつの間にか

「つかまれや」と

声をかけてきて、緊張と不安だらけの

スタートの朝を共に歩いた。
 

 

いったい幾つもの父の背中を

眺めてきたのだろう。

その背中はいつも力強く、

そしていつだって心強かった。
 

後ろ姿の父の輪郭は

今だにこうしてくっきりと

思い描くことが出来る。
 


あの雨の中も桜は

こぼれるように咲き濡れて、

合羽と傘とそれぞれに

花びらを散らし彩った。
  

こうして家までの帰り路、

ふいに現れる父の自転車につかまって、

気まぐれな遠回りも楽しんだ。
 

特別な会話など殆どなく、

ゆるゆると静かに

父について歩いた。
 

口数が少なく不器用な父だったけれど、

時おり口にだす言葉は温かく、

花や木々そして星の名前は

よく教えてくれた。
  



いったいどこを歩いたのだろうか。

いつも穏やかな花の香りが、ふわりと

滲む路ばかりだったように想う。
 

今年もまた春の風に揺られながら、

あの懐かしい路を探している

〜香りの地図を頼りに。
  

◆◇ ヨーコ & アンソニー ◇◆

 
20080424微笑の桜道後.jpg

posted by アンコ at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
やっと書く気になりましたか?
待っていましたよ。
いいねえ!
色彩豊かな文章は色とりどりのお花畑です。
ありがとう。
Posted by トラベラの父ちゃん at 2008年05月04日 03:43
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