盲導犬アンソニーがゆく!

アンソニー(♂)  盲導犬アンソニーは、財団法人日本盲導犬協会より無償貸与されています。     

 

2007年10月08日

「紅葉未満〜こうようみまん」 紅葉未満 

20071007紅葉未満.jpg「紅葉未満〜こうようみまん」

 その日、古希を迎えた患者さまと家族とで
記念写真を撮ろうと、自宅の庭先に降りたとき、
どこから迷い込んだのか、紅葉した椛の下に
小さな黒い仔イヌを見つけた。
数日の間、飼い主を捜したが名乗りがなく、
これは奇縁だからと飼い始め、すっかり
家族の一人となった。
おとつい少し肌寒い夕方、その19年の命を
閉じ天国へと旅立った。
ボーダーコリーとなにかの雑種で、彼が
人間ならばハンチングが似合いそうな
渋いおじいちゃん。
仔イヌ時代から黒光りが自慢だったけれど、
年を重ねるごとにどんどん銀色になってきて
陽なたぼっこなどしていると全身がぎらぎら
輝きだして、かなりメタリックに見えた。
まるでシルバーフォックスのようだった。私の担当している患者さまの犬「もみじ君」。
紅く色づいた椛の木の下でピーピー鳴いて
いたもみじ君。
彼が旅立ったあと、私が訪問に来るまではと、
二日間も火葬を待っていてくれたのだ。
定年間近の息子さん夫婦もその日は会社を
休み、私と対面したら荼毘にだすつもりですと、
リビングへ私を促した。
暖かいご家族のそばで二日間過ごしたもみじ君。たくさんのもみじ君の笑顔がプリントされた
手作りの素敵な箱におさめられ、その身体は
ドライアイスと共に氷のように冷たかったけ
れど、銀色の体毛の感触は儚なくも柔らかくて
温かい感じがした。
もみじ君愛用のいつも身につけていた、
アンソニーとお揃いのみかん色のバンダナに
触れながら、相変わらずカッコいいんだから
と声をかけた。
痩せた身体を包む毛布はしんみり冷ややかで、
待たせたことが申し訳なくて、しばらく
もみじ君の顔に手をあて、お嫁さんが話して
くれる彼の最期のときを静かに聴いていた。
私が訪ねるといつも靴のカカトをめがけて、
カツンカツンと甘噛みをした。それは羊を
追うボーダーコリーの習性がそうさせるらしい。
お陰で私の仕事靴はかわいく穴が空いている。
息子さんから、いつも遊んでくれてありがとう、
」きっともみじもよろこんでいます、と頭を
下げられ、ベッドで待つ齢(よわい)89歳の患者さまは、
みんな私より先に逝っちゃっうんだから寂しいわよねぇ
と漏らす。
ご主人を早くに亡くされ、末の娘さんも気丈に見送
られた。
開け放された大きな窓から、ふわりとキンモクセイの
香りが部屋中に漂ってきて、その切ない甘さに鼻が
ツーンとした。
患者さまは私の手のひらに一羽の鶴を置いた。
もみじ君のそばに入れる鶴をお孫さんと折って
いたのだ。
ふと、子供のころに飼っていた2匹の犬の
ことを思い出す。
いま振り返っても、その犬たちには本当に気の毒な
飼いかたをした。
彼らたちはただ番犬としてだけに、その一生を終えた。迷い犬として我が家に居つき、朝夕2度の
散歩以外は玄関先につながれ、最期を誰にも
見取られることなく、突然あっけなく天国へ
旅立った、なんの前ぶれもなく。
そのうちの一匹は、犬小屋から半身だけ身を
乗りだし、顔は玄関方向を向き、うずくまったまま
冷たく硬くなっていた。
その目は見開かれたままで、深緑のビー玉の
ようにうるやかだった。
2月の雪の降る寒い朝のことで、彼の上にはすでに
うっすらと白い雪が降り積もっていた。
その年一番の大雪の日だったことを今でも覚えている。
私はその予報通りの雪が嬉しくて布団を抜け出し、
白みかけた表へと出たのだった。
驚いた私はあわてて家族を呼んだ。犬の名前を
ありったけの大きな声で叫び、泣きわめきながら、
その身体についた雪をいつまでもいつまでも払い
続けた。そして冷たくなった身体を幾度も揺さぶり、
暖めようと抱き直した。
父にもう止せと叱られ、そこで初めて自分が、
パジャマと靴下のままで外へ飛び出していたこと
に気づき、急に身体が嗚咽と共に震えだした。
子供だった私は、絶えることなく降りしきる
灰色の雪空にむかって、わーわー声を張り上げ
泣き続けた。そのうちに声はかすれ、犬小屋のそばで
立ちつくした。もうその場を動くことさえできなかった。
お隣のお姉ちゃんが様子を察してやってきて、
そっと私の頭を撫でた。
私は渾身の力でその手をふりほどこうと逆らったが、
お姉ちゃんの泣き顔を見て、あまりにも悲しくて
悲しくて、お姉ちゃんにしがみつき、声もなく
ただ泣き続けた。
あの見開かれた目は、私たち家族の誰かが起きて
くるのを、いまかいまかと待ちわびていたのでは
ないだろうか…その瞬間を己の命閉じるまで見逃す
まいとしていたのではないだろうか…。
たくさん泣いてもいくら泣いても、償い切れない
悔しさばかりが募り、しばらくは犬を見るのさえ
辛かった。
それからずいぶんと大人になってから、ある日
彼らたちはどこかの星にいっていると、そんなこと
を聞かされた。
そこはとっても美しい星で犬や猫や動物たちの楽園だと。そんな子供じみたバカげた話しでも、私はすがる
ようにそのことをまっすぐに信じた、嘘でもいいから
信じた。今でも信じている。
その夜、夢の中で彼らたちからのメッセージが届いた。「たとえ短くても ボクたちは幸せだった。
だからもう二度と犬なんて飼わないと言わないで。
もっともっとたくさんの犬たちと出逢って」夢の中で
いっぱい泣いたのか、明け方涙でまつ毛が固まり、
くっついて開くのにかなり苦労した。
それからまた数十年がたって、めぐりめぐって
3頭目の犬がアンソニー。
すっかり犬が苦手になった私が、視覚障害者と
なり再び犬と共に歩く人生を選んだ。
マッチングで初めてパートナー犬との対面のとき、
他の盲導犬はユーザーが名を呼ぶと、犬舎から
まっしぐらに走ってきた。
いよいよ私の番となり、名を呼ぶとアンソニー
はゆっくりゆっくり歩いてきて、物憂げな
まなざしで、静かに私の左についた。
訓練士から「ヨーコさん、アンソニーが貴方を
見上げていますよ、目をほそめて」そうか、
やっと辿りついたんだ。やっと私たちまた
出逢えたんだね、そう心の中でアンソニーに語りかけた。
もはやその2匹の犬たちとアンソニーを重ねて
眺めることはなく、もう犬たちを見かけても
辛くはなくなっていた。
  あれからもみじ君は小さな小さなお骨になって
戻ってきた。
ほどなく家族みんな揃って、庭先の椛の木の下に
納められる。
まだ紅葉には早いわねぇ、と患者さま。お骨のそばには紅と銀の折り鶴が仲良く並んでいる。それはお孫さんが、椛の柄のついた折り紙を
わざわざ捜しだして折ったものだった。
私はもみじ君のお骨のまわりには、すでに
紅葉が始まっていますね〜と応えた。
そう「紅葉未満」〜こうよう未満〜もみじ未満。今はキンモクセイが花盛り〜。◆◇ ヨーコ  & アンソニー  ∪=^ェ^=∪ ◇◆   
posted by アンコ at 23:37| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。いつもブログを拝見させていただいています。
私も昨日、今年初めて金木犀の香りをキャッチしました。とても好きな香りなのに、何か心にチクリと刺さります。夏の終わりの淋しさでしょうか。秋はとても好きなのに・・・
ようこさんの文章、とても心に響きます。
楽園では、私が再会したい子たちも楽しく暮らしているのかな・・・
椛って、木の花なのですね。紅葉が一般的なのでこの漢字、知りませんでした。
木の花か・・・納得!
Posted by shironeko at 2007年10月09日 16:39
私が住む京都にも金木犀が香りはじめました。
秋の訪れを一番に感じる大好きな香りす。

ハンチングが似合うもみじ君、その表現だけで
頭に姿が浮かんできます。

Posted by 栗 at 2007年10月09日 18:07
きのこちゃんのママからアドレスを教えて頂きました。ブログ読ませて頂いて感動しています。京都にお越しの節は是非、お声をお掛け下さいね!
Posted by yumi & map at 2007年10月17日 00:14
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。